学童野球チームは、全国にざっと1万強。置かれた環境はそれぞれですが、存在意義や目指すゴールを明確にしつつ、創意工夫や改善改良を重ねて健全に活動するチームをじっくりと紹介していきます。第1回は、2022年末にポップアスリートカップ初優勝を遂げた岡山庭瀬シャークス(岡山)。かつての廃部の危機も乗り越えた、全国区の強豪です。
選手主体で最後に笑った2022年。
“野球好き”を生み続ける大組織
【参考ポイント】
▶親も子もいつも幸せ
▶やられてもやり返せる土壌
▶共感と人を呼ぶ指揮官
▶消滅の危機を脱した協力
▶大所帯を安定させるルール
▶自ずと集中する練習と工夫
最初で最後のタイトル
各地区の代表と前年V枠の計13チームで、王者を決する全国ファイナルトーナメント。1回戦シードのシャークスは、準々決勝で逆転勝ちを収めると、翌日の準決勝は完封勝ちで6年ぶり2度目の決勝へ。迎えた大一番は、全日本学童7度Vの長曽根ストロングス(大阪)の強打につかまっていきなり5点を失う。だが、直後の1回裏二死から怒涛の6連打などで7対5と大逆転すると、リードを守り切って初優勝。全国の参加約1350チームの頂点に輝いた。
年末のこのトーナメントは、6年生の最後の公式戦になることが多い。シャークスの12人(スタメン1人は5年生)もそうだったが、緊張や気負いの色はなく、一挙手一投足に当人の意思がしかと宿っているように見えた。就任32年目で最大の勲章を手に入れた中西隆志監督は、こう振り返る。
「あの子たち(2022年度の6年生)は、どの大会も必ず最後の日まで試合をしとるのに、全部(優勝を)逃してきとる。その悔しさがいっぱいあるから、『思い切りすればいい!』と。だから僕はじ~っと黙ったままでね…」
ベンチでは静かに戦況を見守る中西監督だが、要所では攻守のアドバイスも。写真は2022年12月のポップアスリートカップ全国ファイナル準々決勝(神宮球場)
指揮官は冷静そのもので、一喜一憂しない。打者は無走者ならベンチをいちいち見ないし、バッテリーは苦境でも配球を乞うたりしない。シャークスのこうした試合風景は、夏の全国大会でもおなじみだ。
むろん、個々がその域まで成熟するには、対外試合を含む練習の過程で教え込むことも多いという。だがそれも、指揮官の『選手を石にさせてもうたら、あかん』という哲学の上でこそ、よりよく浸透するのだろう。
「公式戦は、選手にもう任せとるんやからね。ベンチでゴタゴタ言うても萎縮させるだけでしょ。僕の一言で選手が固~くなってしもうたら、面白い野球ができなんやないですか」(中西監督)
「野球を楽しむ」土壌
時速300㎞超。ほんの何秒かで高架を抜けていく新幹線の残響が、数分に1回程度はやってくる。初めて耳にした人は、猛スピードの物体を思わず見上げるだろうが、グラウンドの面々は目の前に集中している様子。打球音や子供の声があたりを支配していた。
JRの岡山駅から山陽本線に揺られること10分。チーム名にもある「庭瀬」駅を降りて、歩くと30分くらい。撫川公園グラウンドが、シャークスの活動拠点だ。すぐ南に例の高架橋、すぐ西は二級河川の笹ヶ瀬川の支流が流れている。大地は明るい色の土で、学童野球なら同時に4試合できる広さ。シャークスはこれを持て余すことなく、6年生のレギュラーから3年生以下のルーキーまで、4チームに分かれて存分に使い切っていた。
大型の電動カート1台が、土慣らしやボール運びなど忙しく働いている。これは水害に遭った施設から格安で買い取ったとのことで、あとは打撃マシンなど高価な機材や目新しい道具類は見当たらない。それでもボールは潤沢にあり、ビール瓶のケース同士を接着したものなど、ひと手間加えた用具類も練習効率アップに寄与していた。
各チームに背番号をつけた大人が2人。4年生以下の2チームには、黙々とサポートする父親も多数いる。練習メニューに珍しさはないが、効率的で『選手を飽きさせない(=自ずと集中する)』仕掛けが随所に見て取れる。どのチームも複数班のローテーションと同時進行が基本で、棒立ちで長く順番を待っているような選手は見られない。
たとえば、新4年生(ジュニア)チームでは、各2カ所の実打とティー打撃に1カ所のピッチングを同時進行。太田有亮コーチは「ムダを省きたい」と強調した。
「新4年生はシートノックをほぼやっていません。やっても1人5、6本しか受けられないので。それであれば、打たせる中で守らせたほうが効率的ですし、ポジションもまったく固定していないので、いろんなところを守らせて適正も見たい。あとは全員をピッチャーにしてあげたいですね」
新4年生のジュニアチーム。4人同時の打撃練習のほか、ファウルゾーンではコーチ相手のピッチング練習も。これを時間で区切り、ローテーションしていく
新5年生は2カ所で外野ノック、新6年生は内野ノック。返球を割愛することでケガを予防し、捕球の数を重ねられる。ボールとボールケースは十分にあり、サポートの保護者が少なくても円滑に進む
1日練習の日曜日には、新5・6年生は返球なし(動作のみ)の内外野別ノックが同時進行。ノースローはおそらく、オーバーユースの回避と時間節約のためだ。中西監督はあちこち移動して見守りながら、鼓舞したり、個別に声をかけたり。「ケガしてもうたら、好きな野球ができへんようになる。外野ノックは返球をしないだけで、何倍もの数を捕ることができる」。
坂内大輔ヘッドコーチ(レギュラーチーム)は、息子と入団して6年目になる。「楽しくやる野球がチームの根本なので、一番楽しい打つ練習が低学年のころは多かったですね。あとは学年で10人以上いるので紅白戦も練習試合もできるし、どんどん失敗しながら野球のルールや面白さを知れたと思います。僕はその中で、個々の『スイッチ』を見極めてきました。小学生は個性の塊ですから、教えるツボもタイミングも個々で違います」。
見ている親も楽しい
「選手は各学年12人までが原則で、保護者が務める正式なコーチが学年に2人。選手が増えてくる中で、いろいろと試してきた結果、コーチ1人がカバーできる限界は選手6人、に落ち着きました」
説明してくれたのは、都築慎一朗事務局長だ。息子の卒団後もチームの窓口を務め、対外的な連絡や交渉が主な任務だが、全体が円滑に回るようグラウンドにも足を運ぶ。「選手の父親は野球経験者で、ものすごく熱い。その『熱』もいいんですけど、練習中に出されると収拾がつかなくなるので、指導は背番号のあるコーチ2人に限定。あとの皆さんには応援とサポートをお願いしています」。
保護者たちへ、もっと踏み込んだリクエストをしているのは中西監督だ。試合後は常々、このように伝えているという。
「ミスしたり、打てんかっても、また次に取り返せばいい。だから、帰りの車で『あんた、何しよっとや!』と息子に言わんでください。それよりも『今日はいっぱい頑張ったんやから、はよ帰ってご飯食べよう』と言ったってください」
わが子の溌剌とした姿が見たい。そんな保護者の願いが叶うせいだろう、駐車場は練習中でもほぼ満車の状態が続く
どれだけ豊かな土壌でも、プレーするのは発育途上の子供たち。未就学時から3年生までのチーム(ルーキー)では、練習途中でふざけ合ったり、地面に指で絵を描く姿もある。だが、大人は決して声を荒げず、ローテーション練習を続けながら待ちの姿勢を貫く。そういう光景を柔和な表情で見守っていた引地代輔代表が語る。
「ルーキーはある意味、『放牧』ですよ。野球というより、グラウンドに遊びに来る感覚でいい。本人がその気になれば、練習できる環境は整っているし、学年が1つ上の選手を見て自然に覚えていくことも多い。とにかく3年生までは、のびのびと。子供が楽しかったら、見ている親も楽しい。だから駐車場は、練習中も親の車でいつもいっぱいなんですよ」
ルーキーの三原佑介コーチは、脚を左右に開いて転がってくるサッカーボールをまたぐことから、ゴロ捕球のイロハを体験生に授けていた。「練習したいな、楽しいなと自然に思わせるように、われわれコーチがリードできたらいいんかな。本人にその気がないのに『練習せにゃいけん!』という思いを押し付けるような大人の言動はいけんです」
危機を脱して組織化
1988年の全日本学童大会に出場した吉備ストロングアーズ(1回戦敗退)から枝分かれする形で、89年に誕生したのがシャークス。当初からチームを率いる中西監督(1年ブランクあり)の指導哲学は、ずっと同じだという。
「理想は卒団するときに『また次(中学)も野球をします』と、全員が言ってニコッとしてくれたら。全国大会に行っても、野球を嫌いになる子もおりますんでね。でも、好きで野球をやってきた子は、次は例えばサッカーに進んだとしても力を発揮するんですよね」
2015年の全日本学童初出場を機に、全国大会の常連となりつつあるが、目標設定は決して大人発ではないという。10年以上続くホームページも充実しているが『めざせ、日本一!』など、ありがちなフレーズがない。グラウンドでも、そういう言葉で選手にハッパをかける指導陣は皆無で、チームの横断幕に踊るのは『一戦必勝』のみ。指揮官がそのあたりの理由をこう語る。
「目標は楽しく全員野球。あとは子供次第です、その年、その年の。子供らが『てっぺんちょ(優勝)を狙う』と言うんやったら、よし行こう、と。でも楽しいてっぺんちょな(笑)。僕から『全国制覇!』とか、おこがましいし、子供にそんなプレッシャーをかけても、全国に行けるかどうかもわからん。それより、楽しくのびのびと野球ができることが大事。それで、てっぺんちょを狙えたらいいな」
新5・6年生の練習の最後は、軽く談笑しながらのクールダウン。「自分たちで決めた目標はポップアスリートの2連覇と、去年の先輩たちが出られなかったマクドナルド(全日本学童)に出て、チーム最高成績のベスト16を超えて優勝することです」(新6年・佐々岡隼翔主将)
体罰や各種のハラスメントがNGの時代だから、方針を改めたわけではない。己の実績や名誉より、子供の自発的な思いを優先する。指揮官の人間性にほれ込んだ一人が、引地代輔代表だ。最も感銘を受けたのはこんな言葉だという。
「『親は子供に野球をさせてあげているのではない。逆に子供に野球を見させてもらっているんだ』と。あっ、そうやな、と。育っている過程を子供が見せている時点で、親孝行というのは実は終わっているんじゃないかと僕も思うんです」
同代表の長男は現在、楽天でプレーする秀一郎投手。その長男は小4でチーム消滅(部員不足による)の憂き目にあって号泣し、その後に出会ったのがシャークスであり、中西監督だったという。
「シャークスでも長男の1つ上の学年がゼロ人で、全体でも15人程度。僕と長男はチームがつぶれる経験をしていましたし、これはいかんな、と行動に出ました。そのとき、『やるなら本気で、子供たちが楽しめる場を残そう!』と誓い合ったのが、長男の同級生の親だった都築さん。現事務局長です」
ネット社会も今ほど充実していなかった10年前。選手の各家庭では1日1回、Web上で『庭瀬シャークス』と検索することがノルマに。また、学区域の小学校のPTA会長に直談判し、入団募集のチラシも配布した。こうした地道な活動も少しずつ身を結び、シャークスの方針に感激した親子がまた新しい親子を連れてくる。こうして徐々に盛り返してきた過程が、ホームページを覗いてもよくわかる。
左から都築事務局長、中西監督、引地代表。「僕もバカヤローと怒鳴りますよ。でも、必ずコーチがその子を後でフォローしてくれる。子供に逃げ場をつくってあげんとね。それも大切です」(監督)
消滅の危機を脱したシャークスは、継続的な安定を期した組織づくりに着手。そして今では、トラブルの回避と解消を目的とする規約のほか、チーム編成やスタッフ、年間予定や参加大会、日々の活動などをホームページで公に。規約を手がけた都築事務局長が語る。
「今の規約が正解ではないし、入ってくる子の数も保護者の考え方も毎年違うので、年1回の総会も通じてマイナーチェンジを繰り返しています。今の子たちがお父さんになったときに、戻ってこられるようなチームづくり。10年先、20年先も見据えています」
ジュニアの徳岡章コーチは、卒団生。役員もいつかは代変わりするはずだが、野球好きとOBコーチもどんどん増えて、中西イズムと「楽しい野球」が伝承されていくことだろう。引地代表は、誇らしげにこうも語っている。
「ウチの選手は監督から『任せたよ』と言われて、意気に感じてやってくれることが多い。自由、のびのびというのは結局、自分で責任を持ちなさいよ、ということで、それは子供も親も一緒。だからウチには親のお茶当番もないし、遠征試合も現地集合で現地解散。『そんなんで統制とれるの?』と、よそのチームから言われるんですけど、十分にとれている。一定のルールでアウトとセーフをちゃんと決めておけばいいんです」
好奇心が旺盛で天真爛漫。2年生以下のチビッコたちも、2日間の取材中に大型の電動カートには決して近寄らなかった。きっと、それだけは「アウト(=危険)」という教育が行き届いているのだろう。
(大久保克哉)
払い下げで手に入れた電動カートは、大人がハンドルを握ってグラウンド整備やボール運びなど大活躍
【野球レベル】全国大会クラス
【活動日】週末と祝祭日
【規模】学年10人以上
【組織構成】役員3人(監督含む)、4チームに保護者コーチ各2人、保護者会(当番なし)
【創立】1989(平成元)年
【活動拠点】岡山県岡山市北区
【役員】代表=引地代輔/監督=中西隆志/事務局長=都築慎一朗
【チーム・選手構成】4チーム計55人/レギュラー=6年生12人、新人=5年生12人、ジュニア=4年生12人、ルーキー=3年生~未就学19人※2023年度、3月1日現在
【コーチ】レギュラー=坂内大輔/山本康太)、新人=赤木隆則/原知弘、ジュニア=太田有亮/三好勇輝、ルーキー=徳岡章/高岡哲也/安井直樹/三原佑介
【全日本学童大会出場(最高成績)】4回(16強)=2015~17年、19年
【全国スポ少交流大会出場(最高成績)】なし
【主なOB】引地秀一郎(楽天)/長谷川康生(三菱自動車倉敷)